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自分自身について語る時に僕の語ること〜第3章〜

僕は小学校の時、地元のある野球チームに入っていた。そして、父はそのチームのコーチをしていた。僕が小学校5年、6年の時だったかと思う。

僕が入っていた野球チームはとても弱かった。でも、それは僕が6年生の時のことだ。上級生の人たちは上手い人が多くてチームワークも良くて勝つことも多かった。でも、僕の代は結構負けていたことが思い出として残っている。確か、最後の大会は地元の大会で3位になれたことがあった。あれはとんでもないことだったんだと思う。

6年生が2人しかいなかったもんなぁ。でも、それは言い訳にしかならない。

僕は1年生の時から野球をしていた。小学生から高校生まで。正直ずっときつかったけど、一番きつかったのは小学生の時だと思う。次に高校生の時。その次が中学生。どんな時もきつかった。

小学生の時のことをそんなに詳しく覚えてはいないのだけど、とてもきつい練習だったことは覚えている。冬になると大会や試合もないので、筋トレなどで体づくりが中心との練習メニューになる。冬休みは3kmマラソンの毎日だった。

毎回タイムを測って走る。

タイムがかなり落ちていたりしたらビンタ。あぁ、あの痛み結構まだ覚えていたりする。

ベースランニング、通称ベーランというメニューがあったのだが、その時に父から尻を蹴られたことを覚えている。僕はその時キャッチャーをしていて、プロテクターをつけていた。そんな中何周もベーランをした。遅いと思われたら、バットで尻を叩かれたり、足でケツを蹴り上げられたりする。これは紛れも無い事実だ。ただ、証拠はない。僕の記憶が覚えているだけだ。

いや、あの頃はひどかった。本当にひどかったと思う。父以外、監督や助監督などから殴られたりした。どうかしてたんじゃないか、と今は思う。あの時はそんなことは思わなかった。あれは愛なんだと。あれは僕のことを思ってのことなんだと。だから我慢しなきゃいけないんだと。

悪いことだったと今では思っているけど、今それをどうこうできるわけではないし、何かを変えることのできるわけではないし、今さらどうこう思っていてもどうしようもないし。でも、実際のところあれが自分を形作ったのだなぁと感じている。あの体罰とも言えるものが、あの愛が。あの僕のためと思われる行動が、今の僕につながっているんだなぁ、と。

あの体罰がなかったらとか考えるけど、それでどうなっていたかなんてわかるはずはないし、多分今とそんなに変わらない人間になったとも言えるだろうし。それでも、あの時のあの経験は必ず今の僕につながっているだろうし、あの時の経験がなかったら今の僕はここにいないのだろうなんて思ったりする。

 

僕は野球を通じていろんなことを学んだ。野球が僕を形作ったと言っても言っていいかもしれない。でも、僕はまだまだ自分を変えることもできるのだと思う。あの時のことなど関係なく前を向いて歩いていけるのだと思う。