腕を振れば、足が前へ、手を動かせば、足が動く。
腕を振れば、足は勝手に前へ出る。
というのは、非常に面白いことだと、ふと思った。
それは医学的に見れば、身体のことをよく知っていれば、ごく当たり前のことなのかもしれないが、腕を振れば足が勝手に前へ出て歩を進めることができるというのはやっぱり不思議なことだ。
足を前へ出すから、腕が振られるのではなく、腕を振るから、足が前へ出る。
僕は小学校のときに野球をやっていて、冬には練習へ行くと必ず3キロマラソンがあった。試合もないから、とにかく体力づくりをする。冬休みの練習は走るばかりだ。
僕はそんなに長距離を走るのが嫌いではなかったけど、やっぱりそれはきついものだった。
何がきつかったかというと、走ることそのものではない。走ることそのものも確かに多少にきつさはあったが、走ってタイムを上げないといけないことがつらかった。
もしタイムが前回より落ちると、ビンタを食らう。順位が低いと、ビンタを食らう。ケツバットの時もある。
毎回ではないが、よっぽどひどい時はビンタがあり、練習に参加させてもらえない時もあった。
タイムが下がった人が一列に並べられて、順番にビンタをされる。
それはなかなかきついものだ。いまでは問題となるのだろう。
マラソンの道中では、保護者が道端に立っていて、「頑張れ、頑張れ」と声をかけてくれる。
それはそれで力にはなるのだが、僕はもうつらくて泣きそうになりながら走っていた。たいてい泣きながら走っていたと思う。調子が悪い時はとくに、ゴールの後のことを考えて 泣いていた。
親は泣くなと言う。泣くなといって蹴られる。蹴られて走る。
僕は走るときに腕を抱えてしまう傾向にあった。前後に腕を振らず、脇に手を挟むような形で肩を振るように走ってしまう。腕を抱えて走ってしまうのだ。
そうすると、コーチである父親から腕を振れと、うるさく言われる。なんどもなんどもとにかく腕を振れと言われる。
で、僕は実際にそのとおりに腕を振ってみる。
これが、面白いことに腕を振ると、前へ進むのだ。腕を抱えて走るより早く前へ走れるのだ。
これは本当にすごいことだ。
驚くくらいに、前へ足が動くのだ。腕を振れば、足が前へ出る。すごい。
だけど、腕を振ると疲れる。あまりに足が前へ前へと進みすぎるから、呼吸がついていかず、息があがる。
足を動かすから、足が前へ出るのではない。
腕を動かすから、足が前へ出るのだ。
これは何か示唆的な意味を含んでる気がしないか。意味を広げていろんなことに応用できやしないか。
腕を振れば、足が前へ出る。
手を動かせば、足が動く。
このことは小学生の僕にとってなかなか面白い発見だったのだ。
もちろん今の僕にとってもそうだ。面白い。
腕を振ってみよう。そうすれば足は前へと出てくれるから。