人間さ、どれだけ惚れて、死んでいけるかじゃないの?
心打たれた。映画『Red』でのセリフ。
なんに対してもそうだ。人に限らず、どれだけ愛し、どれだけ対象に惚れられるか。そして、そのまま死んでいけるか。
僕はいま何に対して愛情を抱いているか、何の惚れているかなんてことを考えている。
もう好きすぎてたまらないなんてこと、その対象、そしてその経験が今までの人生であっただろうか、と過去を振り返る。
思い出せないくらいないな、と思う。
僕は今まで覚えている限りで、一目惚れをしたことが一度だけある。覚えている限りで1度だけだ。僕はそれを一目惚れだと呼んでいるけど、それは一目惚れかよくわからないし、僕は1度だけだと思っているけど、日々、素敵でかわいい女性に惚れているのは事実だ。それを僕は一目惚れとは呼んでいない。
それは倉敷の美観地区を歩いている時だった。
とても美しい人だった。僕はたびたびその人を思い出しながら、1人の夜を過ごした。頻繁に思い出すと言うわけではないけど、ごくたまに思い出すことがある。
顔が出てくるわけではない。どんな人だったか今ではあまり思い出せない。なんとなくのシルエットや特徴は覚えている。リュックを背負っていた。肌の露出は多かった。
その時はものすごくその人に惹かれてしまって、一緒に来ていた家族から離れて、少しその人に近づいて行ったのを覚えている。さすがに、声をかけることはできなかったけど。
それきり、特に何もなく日々が過ぎているが、いつかまた僕のもとに現れて欲しいなんて願望だけは一丁前に抱えている。
村上春樹の作品に、「4月のある晴れた朝に100パーセントの女の子に出会うことについて」という短編がある。
『カンガルー日和』という短編集に収録されている。僕はその作品のことを思い出した。
僕にとってはあの人が100パーセントの女の子だった。でも、100パーセントの女の子のことを僕は覚えていない。また会ってもそれは気づかないかもしれない。
僕はこれからどれだけ惚れて、生きられるだろうか。これ以上なく惚れて、死んでいけるだろうか。そんなことがあるだろうか。